手帳で(だいぶ)ドッシリ母ちゃんになれた話 ~行き渋りという「小1の壁」~

手帳活用Project

言われたくない言葉

これまでは「我が子が行き渋りになった場合に備えた目線」でのお話でしたが…ここでは少し角度を変えて。私が言われて傷ついた言葉をご紹介します。

「我が家は平常運転だが、困難にぶつかったお友達が身近に現れた!」という時に
ご参考にしていただきたい!

「なんでだろうね?」「理由は??」

私も娘も、行き渋りのことを一切隠していませんが、その分周りが状況を知るとまず聞かれるのが「行き渋っている理由」。

「何がイヤなんだろうね?」
「理由は?」

――そんなもんこっちが聞きたいんじゃい!!!!!!!
本当にうんざりします。(ぶっちゃけ)


理由を取り除けば解決する、という思考回路でしょうが、その輪郭がはっきりしないから世の中にこれだけの不登校や行き渋りが発生しているんだと思うんですyo!!!!yo!!!!!!!

一度スクールカウンセラーさんにも相談しましたが、そこでもやはり「1年生は明確な理由がないことが多い」「3カ月単位で推移を見守ると知らず知らずに改善していることも」というお話。

理由が明確で、しかもそれを聞いてほしいのであれば自ら話しますので。

「いつまでついていくの?」

これもね~一定数言われます。

――決めてませんから!!!私が聞きたいですから!!!!!

もちろん、ゆくゆくはこの手を離せれば、と思いつつも、行けなかった時代に対して「これで行けるなら万々歳」なのが同伴登校ですよ。
この子のペースでやっていく覚悟ですから、どうぞご心配なく。

おしまいに

超大作になってしまいましたが…最後に改めてみなさんにお伝えしたいことがあります。

「毎日学校に行っている」ということ自体が、実はとっても立派なこと

いけない=立派ではないという意味ではありません。当たり前に見える「毎日登校」も、それだけでしっかりがんばっている、ということを言いたい!

うちには関係ないという考えを捨てておいた方がラク

行き渋り、不登校――いま思い返すと、正直、私も他人事だと思っていました。
が、いざという時「うちの子に限って!!!」と思うほどに辛いしパニックになる。実際同伴すると、毎朝見かけるお母さんやお父さんが一定数います。
そういうこともあるかもね、という気持ちを頭の片隅に置いておくのとそうでないのは大きな違いな気がします。

「行き渋り=行きたくない」わけではない

「行く」「行かない」の0-100の話では語れず、行きたいけれどすんなり行けない、という気持ちの揺れでせめぎ合っている。それがつらいんです。

我が子は「綱引き」と表現していますが、まさに。

親ができるのは、その綱の行方を見守るしかないんですよね。


行き渋る子供が悪いわけでもないし、もちろん親が悪いわけでもない。
誰のせいでもありません。

そして、やはり一度行き渋った以上は、また同じことが起こるかも、とも思っています。
でも、この経験は私自身の力になっているし、子どもを信じることにもつながりました。
再び起こるかも…という怯えではなく経験値に昇華して心の準備をしながら、ドーン!と構えておけたら、だいぶ楽だなぁと思います。

それぞれが立ち向かう「小1の壁」があるでしょう。
「行き渋り」も、我が家そのままの全く同じ道をたどる例はきっとないと思います。
でも、今回綴ったこの記事が、誰かのヒントや参考になるかもしれない、とも思います。

子どもの人生と自分の人生。どちらも大切にしながらみなさんが過ごしていけますように!

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